法律も技術。
効率的にエネルギィを生産すること、効率的にエネルギィを活用すること、二酸化酸素等有害となり得るものの量を制御すること、が環境技術となるために必要な要素の様だ。
避雷針で蓄電といえば、凧とライデン瓶で雷に挑戦したフランクリン。
そろそろ、バーンとエネルギィ問題を解決する手段が出てこないと、僕が生きている間にSFが現実に降りてこない。
複雑、単純であるということが、即ち人工的、自然的であることになるのか。
定義の無い単語を用いることを避けて、見れば分かると人間の認識による証明に頼るのは、宜しくない気がするな。曖昧なのは悪いことではないが、故にモデル化不可能とか言われると、反発したい。衝突するものでは無いよ。
悪い方向の副作用が無ければ善しとするか、倫理に問えばどうなるのか、意見は立場で色々。因みに僕は賛成派。スポーツ大会でのドーピングも賛成派。
人が、これまで以上の性能を出す必要がある状況に追い込まれているとすると、それは望んで追い込まれているのか(そして自力でその先に突き抜ける快感が欲しいのか)、それとも、周りが追い込んでいるのか(そしてそれは周りが改善されるべきなのか)、そういう考え方の違いでも、薬に対する意見が異なりそうだ。単純に言えば、MかSか。
大分、脳の動作が把握出来る様になったのか、脳波で機械を制御出来る様にもなっている様だし、記事の様に脳から目が何を見ているかを判別するなんてことも現実になりつつあるらしい。
こういう技術が普及するためには、人間側の機械に対するインタフェースも拡張して、何て事になると、首の後ろに接続端子が装着されたりするからワクテカ。
時間と空間、次元等を定義すれば、定数が決まるということで良いのか。
見る範囲が広くなると、真実だと信じて疑わなかったものが、嘘になる可能性がある。ちょっと切ない。
無意識の急速な眼球運動が原因だとする研究結果が発表された
僕は乱視が強いものだから、何となく気付いていた。
人間の誤認識を利用して、動きを見せることが出来る。これを何かに活かせないだろうか。コンピュータの表現を越えて、人間に敢えて誤解させることで、人間の認識の拡張を行う。
これでは、匂いもカプチーノの絵も存在意義を無くしている。
地上の習慣に合わせるか、宇宙空間で新たな習慣に慣れるか、人それぞれ好みで分かれそうだ。美味しく飲めたらどっちでも良いけど。
夢が広がる閉鎖空間。
数え間違いが無いとすれば、ケース密封前の脱走か、綺麗な共食いか。異能を身に付けていればそれはそれで。